移住者インタビュー
移住者インタビュー
福島県県南地方に移住された方へのインタビューです。
水の良さと人の好さが決め手でした

2006年に高知県から矢祭町に移住してきた芳賀さん。
高知県在住時代に習得した紙漉き技術を活かして、矢祭町で和紙工房と日本暦研究を営む日々を送っています。
移住先を矢祭町に決めた理由とは……?
- 移住してみて良かったことは何でしょうか?
和紙作りで考えたときに、ここは水が豊富で、排水面でも問題がないことですね。
また、この近辺は和紙の原料であるコウゾがたくさん採れることもあって、和紙の原料には事欠きません。
町内に和紙作りの環境が整っていたことが良かったですね。
それから、町の人が優しいんです。
矢祭町内で物件を探しているときに、温泉で出会ったおじさんの縁で温泉のご主人が空き家探しを手伝ってくれたんです。
本当に助かりました。
- 移住してみてどうでしたか?
高知など今でも矢祭以外の地域に住む友人との親交はあるのですが、いずれも70㎞以上離れていたりと近くに友達が少ないことですね。
距離的にも気の合う仲間がどうしても限られてしまうのですが、こればかりは住んでみないとわからないです。
自然については開発されていない地域が多く、かえって移住後の可能性を感じさせてくれる楽しい町だと思います。
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
移住してから、矢祭町の人達にはとてもよく接してもらっています。
高知にいたときに家探しや友達作りのノウハウは身につけていましたが、実際に住んで地元の人に知っていただくのは良いことだと思います。
その地域で生きていくためには、地元の人の信頼を得ることが一番なのではないでしょうか?
- 芳賀さん、ありがとうございました
まずは「道づくり」から始めました

茨城県日立市から塙町に移住して早10年になる坂田さんご夫妻。
現在の土地を10年ほどかけて探されたそうです。
移住してからはゼロからのスタートで、家もセルフビルドしたもの。
現在は木工や機械の修理などを手がけており、町内片貝川そばにある「かっぱのすり鉢遊歩道」の東屋を建てたのも、坂田さんでした。
- 移住に至るまでの経緯を聞かせてください!
はじめは、富士山が見えるとか、水のきれいな場所だとか、様々な希望をもって土地を探していました。
しかしそういったものはお金の兼ね合いで、だんだんと厳しいとわかってきました。
結局、道の先に人家が無いなど自分達の希望に近かったこともあって、日立市から程近い塙町に決めました。近くにある川の落差も気に入った理由のひとつです。
ところが、当時はそこに至るまでの進入路も整備されていない状態でしたので、まずは道づくりから始まりました。
毎週日立から砂利を運んできたり、自分達でコンクリートを固めてつくりました。
自分達で作ったのは道だけでなくて家もそうです。
誰かを頼るのではなく、自分からやって行くことが大事です。
- 移住してみてどうでしたか?
地元塙町の人たちの素朴さ、人のよさです。周囲に自然が多いこともいいですね。
人に良くすれば、それだけ自分に返ってきますからね。自分からどんどん入っていくことだと思いますよ。
時々人が来すぎて大変なこともあります(笑)
でも人が遊びに来てくれないと孤立しますし、そんな時でも営業と思って付き合えば、いろいろな情報がもらえたりします。
また、自然豊かな場所の分、常に自然との闘いです。
ここは山間部なので、雨の量も多いし、冬は-15℃にもなります。(海抜およそ600m)
薪ストーブ用の薪だって自分ですべて用意しなければいけません。
田舎に憧れる人はのんびり暮らしたい、と言うけれど、実際はあまりゆっくりできませんね。マメにやらなければダメです。
苦労は覚悟の上だったので、苦労を苦労と思ったことはありませんが、草とりは大変でした。
TVや雑誌の「田舎暮らし特集」にあるような、畑に草一本も無い状態を保つのは大変なことなんですよ。
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
田舎に入ったら「俺は!俺は!」という人は、難しいですね。
例え分かっている事でも、古くから住んでいる地元の人たちに話を聴く事が大事だと思います。
また、自動車も必要になってきますね。
(奥様は50歳を過ぎてから運転免許を取得したそうです)
それから、ある程度の規模の耕作をするなら、ユンボや耕運機は必須です。
やはり人力では限界がありますからね。
- 坂田さん、ありがとうございました
オレ100歳まで生きるんだ!

2000年に泉崎村天王台ニュータウン内にご自分で自宅を建てた、田村さんご夫妻。
パイロット時代に上空から見る白河以北の空気の清々しさを知っていらっしゃいました。
- 移住してみて良かったことは何でしょうか?
元々国際線のパイロットでしたが、上空から見て関東から東北に入った途端に空気がきれいになることを知っていました。
案の定、空気がきれいな場所ですね。
以前は関東地方の某都市に住んでいたのですが、カーテンが半年で真っ黒になっていました。今は1年経ってもカーテンは綺麗なままです。
田舎といっても生活が不便なわけではなく、高速道路や駅に近い。空港も30分程度で着く場所にあります。
後で知ったのですが、ここは岩盤が強く地震でも被害が少ないので安心ですね。
- 移住してみてどうでしたか?
もともと家を建てるのが夢でした。建てているときは地域の人がものめずらしくていろいろ寄ってきました。
私も地域を知りたいと思い、いろいろなイベントに積極的に参加しています。
そういった縁で、地域の方々とは親しくなれたと思います。
また、毎年5月ごろには村の各家々から使っていないこいのぼりも集めて出しているんですよ。
他にもやりたいことがたくさんありすぎて、毎日が楽しいです。
100歳まで生きますよ!
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
良いイメージ、きれいなイメージで田舎に来られる方が多いと思います。
でも、覚悟を決めてから来てください。
田舎くさく、都会より不便なところはたくさんあって、それが田舎では普通なのですから。
また、「待ち」の姿勢では田舎暮らしは楽しくありません。
移住後は積極的に地域に溶け込んでいく姿勢が大切です。
- 田村さん、ありがとうございました
発掘がしたくて

東京都内の教育委員会に在籍していた嶋村さん。
古代東北の一大拠点だった泉崎の村おこしのため、また当時の村長の熱い想いに動かされ、泉崎村へ移住しました。
しかし、移住直後はなかなか苦労の連続だったようです。
- 移住してみて良かったことは何でしょうか?
移住して4年間はアパート暮らしでした。
その後、こちらに家を買ってからは、地元のつきあいが増えました。
私は地元消防団に入団したのですが、いろいろなイベントに呼んでいただいたり、消防団にいろいろな職業の人が居て、ずいぶんと助かりました。
- 移住してみて大変だったところは何でしょうか?
新幹線から各駅停車のワンマン電車に乗り換えて、はじめて泉崎駅まで来ました。
扉が一箇所しか開かないワンマン電車なので降り方がわからず、降りられないで居たら隣の駅まで連れて行かれてしまいました。
なんとか泉崎駅に着いたら、駅の外がものすごく寒かったことを覚えています。東京が暖かかったのでコートも羽織らずに来てしまいました。
また、移住当初はスーパーの場所がわからず、一ヵ月半も白河市内まで自転車で買い物に行っていました。
その後、自動車で移動するようになったのですが、冬季はスタッドレスタイヤに交換することも知りませんでした。
冬の国道で思いっきりスピンしてしまい、たまたまカー用品店そばだったので、あわててスタッドレスタイヤに履き替えました。
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
街の発展を自治体任せにする人もいるようですが、地域を盛り上げるのは自治体だけでなく、移住者や地元住民も含めてみんなで盛り上がらないと街は発展しないと思います。
- 嶋村さん、ありがとうございました
豊かな時間から自分の宝物を

新幹線が開通する前の1977年にに東京都から移住してきた石引さんご夫妻。
白河市大信地区で、画家として絵を描きながら「ほっとできる、駅のような」そんなカフェを経営されています。
また、お店の料理で出している野菜も自ら栽培されています。
- 移住してみて良かったことは何でしょうか?
田舎はゆっくりした時間が流れていて、それにはまりました。
故郷は東京ですが時間が止まっている感じで、ずっと旅に出ている感覚です。
ここでは競争も比較もない。絵も、カフェも頑張らず、仕事と思わなくてもいい。
日々の風を感じ、夕焼けを見るだけでも楽しさを見出せます。毎日の自然の発見が楽しみです。
- 移住してみて大変だったところは何でしょうか?
冬の閉ざされる間は「創造する時間」にしています。
雨が降ったら、家のことをすればいい。
一生懸命やってもダメなときはダメ、そういう時は考える時間としています。
今年は雪かきを20回以上やりましたが、良い運動不足解消だと思っています。
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
田舎の人は人情が違うといいますが、都会、田舎、どこでも人によって違いますし、住むのにどちらにも向き、不向きがあると思います。 田舎に流れている時間をうまくつかみ、「豊かな時間」(人によってさまざまな)から自分の宝物を引き出してください。
また田舎で生活していくには体力が必要なので、体力をうまく配分し、健康管理に気をつけて下さい。
- 石引さん、ありがとうございました
不便さを楽しむつもりでした

2000年に東京都から家族で移住した萩原さん。もともと週末だけ田舎へに行く生活をしていましたが、ずっとここに住めたらいいな、という思いが強まり移住されたそうです。
白河市大信地区にある現在の土地を2年かけて整地し、家をセルフビルド。たくさんの動物たちと暮らしています。
- 移住してみて良かったことは何でしょうか?
東京にいた時は、夜中でもサイレンや人の声が聞こえていました。喧騒の中で育ったので、今は「何もない」のがいいです。
福島は遠いイメージでしたが、東京から高速を使っても2時間半で来れるのがいいですね。思ったほど寒くありませんし、雪も少ないです。
- 移住してみて大変だったところは何でしょうか?
移住してみて、困ったことは特に意識していません。かえって不便さを楽しむつもりでした。
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
田舎暮らしのコツは「何を優先させるか」ということです。
1~10の条件があったとき、1~3くらいの条件を満たせば十分。
無いものは後から足して行く考えで。後は少し我慢です。
また挨拶がとても重要です。引っ越す時は周りの人たちも不安に思っていますし、
いつ何時お世話になるかわからないので、はじめの挨拶は肝心です。
何度も挨拶しているうちに地元の事がわかってきますよ。
- 萩原さん、ありがとうございました
ピンチをチャンスに変えました

2009年4月に埼玉県から白河市に移住してきた芦原さん。
もともと、食や住環境の安心・安全を真剣に考えていらっしゃったのですが、周囲の声や福島への旅行経験から、福島県を選ばれました。
今現在は、かねてから楽しみにしていた家庭での無農薬野菜づくりを楽しんでいます。
- 移住してみて良かったことは何でしょうか?
白河の空気と水がきれいなこと。そして地元産野菜がおいしかったことです。
それから白河市内の川に鴨が泳いでいたことに、とても感動しました。
また、福島はあくせくしている人が少なく、のんびりしていて、みなさん温かいですね。
それで、構えなくてもいいんだ、って気づきました。
- 移住してみて大変だったところは何でしょうか?
家が小高い丘の上にあるのですが、自動車がないから、日々の買い物もいちいち坂を昇り降りしなければならないことですね。
ただ、「ピンチをチャンスに」と考えてみたら足腰のために歩く良い機会だとも思ったんです。
また、こうした不便さを克服するために頭を使うようになりました。
おかげで健康をとり戻し元気になりました。
- 新たに移住される方へメッセージをお願いします
まず初めは、相手の生活領域へ入るのだから「お邪魔させていただいているんだ」と謙虚になることですね。
そのためには自分の意見を主張するだけでなく、相手の意見や価値観を尊重する姿勢が必要だと思います。
一人で生きていくわけではないのですから、周辺の方々とコミュニケーションをとる努力が大事ではないでしょうか?
- 芦原さん、ありがとうございました